どつぷり首まで浸かつてしまい 僕は 何処にもいけません
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僕 家で つつましい夕食の準備をしていると 今は遠くに暮らしている 随分とご無沙汰していた友人が 急に訪ねてきました。 「やあ 久しぶり ちょっと こっちに来る用があってね 君ん家が近くにあるのを思い出したものだから なんだか 懐かしくなってね 急の来訪 お邪魔であったかな」 だなんて 水臭いことを云いやがる。 ウェルカムムード満載で彼を迎えたはいいものの 彼をもてなすには ちっとばかり食卓が わびしい。 「いや そんな気をつかわなくていいよ」 だなんて 彼は云うのだけれど せっかく遠方より来た彼をもてなさない訳にはいきません。 僕 大事にしていた 虎の子の酒でもって 彼をもてなすことにしました。 「いや すまないね や それは なんだい 変わった酒だね 酒瓶のなかに 石コロが入っている」 ああ 世の中には 草の茎が入ってるウォッカもある 蛇やムカデや芋虫入りの酒もあることだし 気にすることじゃないよ それに この石が この酒には重要なんだ とにかく 飲んでみるといい。 「ん いただくよ ……へえ こりゃ 強い けど うまい こんな酒 飲んだことないよ うん ほんとにうまい こりゃ なんて酒だい?」 名前は ないよ なんて種類の酒かも よくわからないけれど たぶん スピリッツの類かなあ。 今 飲んでる その酒は ちょっと前に 僕 実家に帰ったときに 仕込んだものなのだけれど 美味い酒だろう いくら飲んでも悪酔いもせず 二日酔いにもならない。 「君の実家ってことは 君の故郷特産の酒かい?」 いや この酒は どこにも売ってなくて それどころか けっこう 入手するのが面倒くさい。 「そうなのかい お土産に買ってこうかと思ったんだけれど それじゃあ仕方がない や うっかり 全部 のんじゃった すまんね 君の 貴重な酒を」 いやいや なんでもないよ また 作ればいいだけの事で。 「作れるのかい? これは 密造酒 なのかね」 気にすることではないよ ああ そうだ 酒のオカワリはどうです 今日だったら もう一本 酒を造ることができるけれども。 「そんな 簡単に 作れるのかね」 ちょっとそこまで 出かけなきゃいけないけれど 案外 簡単にできる その 空瓶を取ってくれるかなあ 石の入ってるやつ。 「空瓶をどうするんだね あ ああ 空瓶に水道の水を入れて どうするんだ」 なに この水道水が あっという間に 酒になるんだ この石が重要だって さっき云っただろう。 さて じゃあ 酒を仕込んでくるけれど どうする 一緒に来るかい? 「ああ ご一緒させていただくよ」 と 彼と一緒に出かけたのは 近所の守口さんの家です。 「こちらのお宅に なんの用だね こんな時間にお邪魔して 迷惑じゃ ないのかい」 いや 邪魔にならないよう 玄関先で ちょいとアレするだけだから 大丈夫 平気だ。 「邪魔にならないようにするっていっても それに それに こちらのお宅は 今 あれじゃないのか」 ああ こちらの守口さんちのご主人 過労で倒れられて そのまま死んでしまって 今日 お通夜 らしいね。 「お通夜なのに 大丈夫なのかい いったい お通夜なのに なにするつもりだい」 お通夜だからこそ。 お通夜には 死体のすぐ近くに 魂が留まってるはずだから それを捕まえるのですよ。 「捕まえるって 魂を?」 まあ やってみせるよ ほら この 石の入った瓶の 水の色にご注目 こういうふうに 瓶を ゆっくり振ってやると こんな具合に。 「わあ なんだか 水に 色が ついてきた」 色が変わったってことは この水が だんだんと酒に変わってきているってことさ 魂が 石に吸い込まれたってことだよ。 身体から追い出されたばかりの魂には この石が とても気持ちよさげに光ってみえるらしくって ゆらゆら 動かしてやると 誘蛾灯みたいに 魂をおびき寄せる。 この石は 吸い込んだ魂を 捕らえて離さず ゆっくり溶かして 酒のエキスに変えるのさ。 「ま また たちの悪い冗談を」 冗談なんかじゃあ ない さあ 用は済んだのだから こんな辛気臭いところに長居は無用 部屋に戻って 飲み直すとしようじゃあないか。と、なんだか訝しげな顔の彼をつれて 部屋に戻ります。 「なあ 本当に 冗談じゃ ないのかい」 くどいなあ 本当だってば。 「じゃあ 冗談じゃなくて この酒瓶の 石の中に さっきの守口さんとかって人の 魂が?」 うん もう 飲みごろになってるだろうねえ さあ 飲んでみるかい。 「う うん でも 人の魂を 酒にして飲んでも いいものなのかい?」 ああ 気にしなくてもいいよ いい人の魂は すぐに昇天してしまう。 そんなに善いことをしてない魂は うだうだ 身体から離れないものなのさ そんな 善いことをしてない魂 浮遊させておくよりも 酒にして 僕らが飲んでやるほうが 何倍もいいに 決まってる。 「で でも」 なんだか 飲むのを 躊躇しているんじゃ ないかい 俺の酒が 飲めねえ ってのかい 「い いや 飲むよ 飲むってば うん あ ああ ええと、 と ところで そういえば こんな不思議な石 どっから手にいれたんだい?」 ん ああ それは 近所にすんでる 知り合いからもらったんだよ すんでるといっても 橋の下にテントを張って住み着いてる 浮浪さんなんだけれども。 その人 久冨さんっていうんだけれどもね 久冨さん 昔 インドを旅したときに 現地の魔法使いから いろんな石を 買い集めたらしいよ 中から小人の声がする石 とか 月の光から蜜を醸造できる月の欠片 とか まあ いろいろ。 僕 無理を云って 久冨さんから この石を 譲ってもらったんだ 魂引石って名前らしいよ。 さあ せっかく 新しい酒を手に入れたんだ 飲むといい 飲めよ 飲めったら! 「うん 飲むよ 飲めばいいんだろ! …… ん うまい けど さっきの酒とは 味が違う まずくはないんだけれど さっきのに比べると 薄いっていうか なんだか 物足りないなあ」 ああ じゃあ 守口さんとこのご主人 善いことはしてなかったけれど そんな悪いことも してなかったみたいだね。 「そんなこと わかるのかい?」 うん 僕の経験上 悪いことをした人 自分以外の人を不幸にした人ほど 魂は 美味い酒になる みたいだ。 「へえ んじゃあ さっき飲んだ あの酒の魂の人は よっぽど 悪いこと したんだろうねえ」 うん あの酒は 僕 実家に帰ったときに仕込んだ って云ったろ 僕が実家に戻ってたのは 去年 葬式が あってね。 「へえ 誰の?」 僕の 父親。 同日 同刻 橋の下 久冨さんが ズタ袋の中をゴソゴソさせながら 云いました。 「あれ? たしか 佐々木(仮名)君に あげたはずの 魂引石が こんなところにある じゃあ 佐々木(仮名)君にあげた あの石は なんだったのだろう … あ 贖罪石 と間違えた たしか あの石は 死んだ人の魂から その人の犯した罪を抽出して 酒にする 石だったなあ。 その酒を飲んだら その魂の生前犯した罪を 全部 肩代わりしちゃうことになるんだけれども 佐々木(仮名)君には 悪いことをしたかなあ まあ 僕の 気にすることじゃ ない」
by khem_mark
| 2004-01-21 16:10
| 久冨さん
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